夏は民族祭りの季節

チェコでは夏の間は、各地で民族祭りが開催され、様々な職人が実演しながら店を出しています。日本では祭りの屋台と言えば食べ物がほとんどですが、チェコの民族祭りはクラフトマンが軒を連ねます。普段あまりひとけのない小さな村も、この日ばかりは民族音楽が演奏され踊りもあって、人でごった返すのです。
チェコ人の手先の器用さは定評があります。クラフトの出店者は、代々職人風の人から、手作り大好きが高じた家庭の主婦タイプまでいろいろ。若い職人も多く、すそ野の広さを感じます。お祭りですからお土産風の商品も多いのですが、中には日用品もあって、魅力的な手作り品が買いやすい値段で手に入るのも魅力です。この賑わいには国の保護政策も効果をあげているようです。

チェコに行かれたら、民族祭りを見るのはお勧めですが、そういうツアーはなかなかないですね。
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# by chigmama | 2014-05-14 17:17 | 民族文化

スロバキアのデトバ刺繍が「刺繍通信Vol:11」で紹介されています

2007年5月のホビーショーには、スロバキアのデトバ刺繍の伝承者
イベタ スミレコバーさんを招待し、かぎ針刺繍をご紹介しました。

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イベタさんとの出会いはこちらをご覧ください
ホビーショーの様子はこちら

デトバ刺繍を特集した刺繍通信Vol:11が9月25日に発売されました。
刺繍作品は、雄鶏社にお貸しして撮ってもらったものですが、
デトバの祭りや自然の風景は、C&Nスタッフが現地で撮影したものです。
本誌の104~105頁には、刺繍のパターンやかぎ針の使い方も、
イラストで紹介されています。


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この特集を組んでくださった雄鶏社の大割さん、金井さんに感謝いたします。
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# by chigmama | 2007-09-24 22:03 | 民族文化

2006年をふり返って

 「チェコと日本の架け橋として何かしたい」という気持ちに突き動かされるように、
 Office C&N を立ち上げて1周年を迎えます。
 試行錯誤の連続でしたが、自分達の考えで動く訳ですから、楽しい1年でした。
 現在、C&Nのメンバーは4人です。
 企画、デザイン、交渉、通訳、事務、経理、なんでもこなしているうちに
 自然と役割分担ができてきています。
 ただし、まだ、給料はありません。(トホホ)

手作りは言葉を越えたコミュニケーション
  ホビーショー 2006年5月
  友人知人、そして手づくり大好きな人々がたくさん訪問して
  チェコのボビンレースを見てくださいました。
  9月にはボビンレース作家 マルティナの結婚式にも参列しました。
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ネットショップに挑戦
  マルティナの作品を中心に、チェコの手づくり品を扱う
  ネットショップを立ち上げました。ネットで手づくり品の魅力を伝えるのは思った以上に難しい。
  京都の本金糸を使った作品も含め、青山のギャラリーで展示販売することにしました。(2007年1月20日まで)
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チェコのおばあちゃんの手編みの靴下
  チェコのおばあちゃんが持たせてくれた手編みの靴下の履き心地があまりにいいので、
  良品計画に提案したら、商品化されました。手編みではなく、量産可能な綿の靴下。
  提案からほぼ半年。難航しましたが、活動が形に成ったことは、私たちにとって、記念
  すべき商品となりました。
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仕事でチェコに行く
  2005年の9月にチェコから日本に帰るとき、「次は仕事で来たい」というのが夢でした。
  2006年の9月、2007年ホビーショーに紹介する職人探しと、商品化が決まった 
  チェコのおばあちゃんの靴下のバックストーリーを書くために、チェコに行きました。
  収支ゼロの活動ですが、意外に早く夢が叶いました。
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来年も、As a bridge 
  ホビーショー2007に、スロバキア デトバ地方の刺繍の伝承者を招待します。
  チェコの文化を紹介する活動も積極的に行うつもりです。
  どうぞよろしくお願いします。

     Office C&N
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# by chigmama | 2006-12-24 15:53 | 振り返って

As a bridge<ホビーショー奮戦記>

おりしもOffice C&N を立ち上げたばかりの2005年11月25日、ホビー協会でチェコのクラフトマン事情を話す機会を得、その後、2006年5月のホビーショー出展の可能性が出てきた。「黄金の手」チェコのクラフトマンを日本に呼ぶのが条件である。

・クラフトマンの選定、交渉
・ワークショップの準備、日本のボビンレースの先生に協力依頼
・ブースのデザイン
・招待状の発送、様々な原稿書き
・協賛依頼

「手の技を介して、言葉を超えたコミュニケーションの場作りをしたい」という思いが、現実になる!! 
こなすべき課題は、山積していたが、C&Nメンバー(日本人3名 チェコ人2名)は沸き立った。
通訳翻訳は、若い 日チェコカップルが。チェコでの交渉は、ビジネスに長けたC家の主、日本でのデザイン作業及び事務は、団塊世代カップルと、自然と役割分担ができた。意見の食い違いは、徹底して話し合った。言葉が違うと時間がかかるが、日本とチェコを結ぶというベクトルが同じなので楽しかった。

ホビーショー直前の5月初旬にチェコからやって来たのは、180センチを越えるグラマラスな美女。母親と共に制作活動を続け、ショップも経営する28歳のボビンレースの作家である。2004年のOIDEFA世界レース大会でグランプリを獲得。彼女達の生み出す様々なアクセサリー類はとても魅力的である
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c0058199_22292840.jpg半年のチェコ生活の最後に出会ったのが、このボビンレースだった。ボビンと言えばミシンの下糸を巻くものとしか知らなかったが、写真のような細い木の糸巻き(これがボビン)に巻いた横糸を、模様の型紙に合わせて縦糸に織り込んでいくヨーロッパの伝統工芸である。チェコのボビンレースは筒状の枕に、比較的大型のボビンを使う。編む物によって、ボビンの数は最低が4本から、何十本と変化する。織り方を組み合わせることによって、指先から無限大の模様や形が生まれる。
初めてボビンレースを織るのを見たときは、軽やかな音を立てながら巧みに糸を繰る手先に見とれた。今だからこそ手ごろな価格で買えるレースだが、このボビンを繰って織り上げていた時代にはいかに貴重な物であったことか。


5月10日ブース設営。ビックサイト
掲示する写真の適不適の論戦も起きたが、なんとか定刻内に準備完了。
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開幕 5月11日(水)~13日(金)
チェコのボビンレースは関心を集め、閑古鳥が鳴くかもという心配をはねのけ、たくさんの人がブースに集まってくれた。
中には大阪や京都からの人も。
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ボビンレースのワークショップ ボビンレースの先生方がボランティアで教えてくれた。
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閉会
3日間の会期が終わると、華やかだった会場がすぐに壊されていく。
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今回は、たくさんの友人に助けられた。持つべきものは友。
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マルティナ(右端)は、10日間我家にホームステイ。同じ釜の飯を食べ、目的をひとつにした10日間。日本とチェコの絆は確実に太くなった。
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ボビンレースが予想外に好評だったので、ホビーショーの後、ネットショップを立ち上げた。
これが、けっこう大変なのです。次回へ。
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# by chigmama | 2006-06-11 22:25 | 民族文化

ボビンレース作品のお手入れ方法

ボビンレースの作品は、ご自宅で簡単にお手入れして頂くことができます。どうぞご参照下さい。

用意するもの:アイロン、アイロン台、白い紙(プリンター用紙など)5~6枚、ヘアスプレー(ハードタイプ)

c0058199_1034637.jpg①白い紙を2、3枚重ねて敷き、ボビンレース作品を置きます。10cmほど上から、ヘアスプレーをかけます。☆ハリを出したいときは全体に、部分的な変形にはその部分にだけかけます。

c0058199_10345083.jpg②平面の部分をまっすぐに伸ばしたいとき:ボビンレース作品の上にコピー用紙を一枚敷き、中温~やや高温(温度設定がある場合は絹製品用にセット)のアイロンで、ピンと張るように2~3往復します。ビーズも、白い紙の上からなのでアイロンをかけても問題ありません。

c0058199_1040188.jpg③紙からはがします。このとき、熱で作品が紙にはりついていますが、ペリペリとはがせますので、問題ありません。

c0058199_10441324.jpg☆立体的な部分は、スプレーをかけて指で形を整え、半乾きになるまで少し待ちます。あとは、自然乾燥で完了です。



<汗の汚れなどのお手入れ法>

暑い夏、素肌につけたネックレスが汗にふれたり、変形した場合のお手入れの仕方です。

c0058199_10413766.jpg①アイロン台に白い布(ハンカチ、クロスなど)をかけます。ネックレスは、肌についた(汗をすった)方を上にして置きます。

c0058199_10421030.jpg②水に浸し、軽く絞ったガーゼ(ハンカチなど)をかけ、その上から中温~やや高温(温度設定がある場合は絹製品用にセット)のアイロンで、なぞるように2~3往復します。ビーズも、ガーゼの上からなのでアイロンをかけても問題ありません。

c0058199_10423249.jpg③ガーゼがぬれていること、熱をかけたことで作品がガーゼにはりつきますが、問題ありません。ゆっくりはがして、完了です。


ボビンレースの作品は羽のように軽く、摩擦も少ないため、ヘアスプレーでかけた糊がすぐに落ちてしまうことはありませんが、ご自宅での簡単なお手入れで長く使って頂ければ幸いです。ご不明な点などございましたら、いつでもお問い合わせ下さい。
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# by chigmama | 2006-05-16 10:50 | 民族文化

As a bridge <ヤーホイ帰国後の報告です>

2005年9月末に帰国して以来半年ぶりのブログです。
あっという間の6ヶ月でした。日本に帰ってからしばらくは、すすけた我家の掃除に明け暮れていましたが、チェコとの架け橋になる夢を追い求めるべく、帰国後に、Office C&N を立ち上げました。CはチェコのC、Nは日本のN。スタッフはチェコ人2名、日本人3名です。
最初の仕事は、(財)日本ホビー協会でのセミナー「クラフトマンの元気な国チェコ」でした。これをきっかけに、ホビーショーにチェコのクラフトマンを呼ぶという企画が進みました。ボビンレースのクラフトマンが、我家にホームステイしながらホビーショー会場のビックサイトに通います。
手の技を介して、人、物、国と丁寧に付き合いながら、ぬくもりのあるコミュニケーションの場作りを目指したい。 ホビーショーは、この先の、Office C&N の方向性を決めるキーとなると考え、全力で準備を進めています。

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5月11日(木)12日(金)13日(土)10:00~17:00 東京ビックサイト東展示棟 海外デモブース

ホビーショーは、例年3日間で10万人を動員しますが、今年は30周年ということもあって13万人の来場を見込んでいます。私達のブースは、海外デザイナーによる特別企画コーナーです。例年アメリカからの講師は来ていますが、ヨーロッパからは今回が初めて。海外ブースでの出展への反響はまだ予想がつきませんが、手作りは、言葉を超えたコミュニケーションを実現してくれると期待しています。
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チェコ新進のボビンレースデザイナー マルティナさんが来ます。2004年にプラハで開催された世界レース大会でグランプリを受賞しました。右はその作品。
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ボビンレースのペンダントヘッド。ワークショップ参加者はこれに付けるチェーン編みます。
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3月3日、企業に混じってホビー協会の説明会に出席しました。出展者数450という熱気に緊張。私達のブースで閑古鳥が鳴いたらという不安もよぎりましたが、手の技を介して多くの人たちとのコミュニケーションを楽しみ、チェコの文化を紹介したいと思っています。 
では、会場でお待ちしています!c0058199_11152422.jpgc0058199_11155287.jpg


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# by chigmama | 2006-04-09 10:59 | 振り返って

持ってきて良かったものベスト10

  荷造りをしながら、チェコに持ってきて良かった物をリストアップしてみました。やはり生活するとなるとそれなりに家庭用品も必要でした。逆に、食器や寝具、衣類などは最低限のもので充分暮らせるという体験でもありました。家に帰ったら少しガラクタを整理しよう。
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ノートパソコンとデジカメ。幸い故障もなく、よきパートナーだった。
パソコン:ダイナブックES(windowsXP,14インチ,HDD40GB,
メモリ256MB,CD-R/RW.DVD-R、デジカメデーターが大きくなったので、DVD-R/RWの方が良かった。。海外保障付。)
デジカメ:IXY450(充電池2個,持参CFメモリー計384MB。CFメモリーは泊りがけで出かけるときは不足した。) 

左:ふとんばさみ(布団を干しているのは我家だけ。6階だったのでこれが必需品)中:クイックルワイパー(掃除機は重くてうるさいので、毎日これでササッと掃除)右:タトウ紙と散髪キット(本来タトウ紙は着物の着付け用だが、散髪時にも重宝。散髪の腕前は上がった)

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左:平ザル(水切り、天ぷら用バット、パーティー皿としても活躍)中:包丁と包丁砥(チェコで買ったナイフは切れなかったので全てこれ一本で)右:炊飯器3合用としゃもじ(日本食材店でおいしいお米が手に入る)
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左:タオル地の雑巾(こちらの雑巾はアクリルで水を吸わない)中:シャンプーリンス(泊まった家のを借りて洗ったら髪がゴワゴワになった)右:ゆかたと着物(肩の凝らない普段用。文化交流会等で着る機会はけっこうあった。)
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  現在のチェコでは、何でも買えますが、こうやって、持ってきて良かったものを並べてみると、やはり使い慣れたもの、日本独特の家庭用品や衣類になりました。
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# by chigmama | 2005-09-18 20:19 | 振り返って

最後の一週間の文化交流

  出国1週間前、クラドノという街で、市民文化交流のイベントに参加し、子供達にゆかたの着付けをしました。プラハで日本語教師をしている山田さんの紹介でした。
  プラハからバスで40分ほどの、人口7万人の街は、日本企業の誘致に熱心で、昭和アルミと三菱電機が工場を建てています。
  このイベントは、街の義務教育課程(小中学校が一緒になっている)の子供達に、日本文化を紹介するというもの。なんと会場は街の大きなビアホール。オーナーが日本びいきらしく、会場には着物から竹箒まで様々な日本のものが雑多に展示されていて少々異様な雰囲気。毎日、異なる学校から200人近い子供達が集まり、大変な熱気。4日間通い、ゆかたを着せた人の数は60~70名になったかなあ。
  ひたすらチェコの文化に触れるのが楽しい半年でしたが、最後にチェコの人々の側から、日本文化を見直すことになりました。

左:司会は、チェコ日友好協会のロビン照圓ヘジュマンさん。比叡山で5年間修行したチェコでただ1人の天台宗のお坊さん。日本の紹介をしています。右:空手クラブの型の演技。子供達が熱心に見つめる。

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左:ゆかたの着付け右:太鼓のヤナさん。京都で2年間太鼓を習った。太鼓は6個持っている。

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左:剣道の模範演技。2人ともチェコ人。右:折り紙。
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左:習字 右:自分の名前をカタカナで書いてもらった子供達。ホンザ、オンドレ、パブリックと呼びかけると、にっこりする。

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左写真の一番小さい子で120センチくらい。右写真の大きい子だと170センチを優に越える。おはしょりのし方で同じゆかたが着れる、着物の融通性に改めて感心した。

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左:盆栽の展示右:子供達の絵

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  社会主義時代には、いっさいの集会は禁じられていましたし、アジアで国交があったのは北朝鮮や北ベトナムなどでした。今だからこそできる、チェコと日本の文化交流です。
  トップの写真の照圓さんは、1989年革命当時は、新政権側で体制の変換を見届けた人。日本に行けるようになったので、京都に行きお坊さんになった。世界平和を祈り、チェコと日本の国交を深める為に草の根で活動しているのです。子供達のみならず、彼のような人に最後に出会えたことは幸いでした。
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# by chigmama | 2005-09-17 06:01 | 民族文化

チェコと日本 生活費比較

   チェコは2004年5月にEUに加盟しましたが、c0058199_47574.jpg
まだユーロには移行していません。
  現在の通貨はコルナ(1コルナ=約4.5円)です。私は、スーパーでの買い物が日課ですが、なんでも安く感じます。例えば、バスケット左に入っている大きなパンが10コルナ=45円で、牛乳1リットルが15コルナ=68円で買えます。日本人にとっては大変暮らしやすい。
  しかし、チェコの平均所得は日本の3分の1~4分の1ですので、物価も抑えられていて当然。チェコと日本の生活費の比較をする為に、所得差を考慮して、チェコでの物価に15倍し、円換算してみました。ごく一部の、それもかなり乱暴なやり方ですが、生活費換算したチェコと日本の物価は以下のようになりました。
(表が見にくい場合は、表をクリックしてみてください。より鮮明な表が出ます。)
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食品:
食品の値段はほぼ同じです。例えば、こちらで牛乳1リットルが15コルナですが、×15で約230円。セール価格を除けば、ほぼ日本と一緒です。
日用品:
日本と比べて樹脂製品は高いと感じます。黒いヘアピンなどは、需要も低いのでしょう。日本なら100円で買えるものが、こちらでは約6倍もします。おまけに、品質が悪く使い物にならない。
外食費:
ビールはレストランでも一番安い飲み物です。ただ、食事もとなると、観光地プラハの場合、東京よりやや高い気がします。
衣料品:
デパートや専門店に並んでいる服の値段を見ると、「これがこの値段?」と思う。まあ、サイズも全く違いますが…。
パソコンなどOA機器
チェコのカルフールのチラシに載っていたノートパソコンの値段を参考にしました。日本ではこのレベルだと、だいたいこれくらいで買えるかなと思う値段を書いて比較しています。OA機器はまだまだ高値の花のようです。
住居費:
土地は、日本人にとっては夢のような値段です。チェコ国民の3分の1が、土地付きの山小屋を持っているといわれていますが、納得です。

  上のチェコ生活費を見ると、土地とビールの値段は安いですが、生活物価はけっこう高いので、趣味を兼ねて庭で野菜を作り、必要な物は手作りし、物を大切に使っているのだと思います。また、庶民向けの青空市場は、生鮮から衣類まで安いので、大変賑わっています。また、セカンドハンドの衣料品店を見かけましたが、ご婦人方でいっぱいでした。
 チェコは2010年にユーロへの切り替えを予定しています。現在所得上昇率は6.5%(外務省調べ)。チェコ人の生活は、これからどう変わっていくのでしょうか。
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# by chigmama | 2005-09-11 19:54 | 人と暮らし

チェコのカルチャーショック 「これはちょっとね」

  帰国まで2週間になりました。暮らしの風景、家庭料理、街の風景、チェコのクラフト、アウトドアライフ、 どのアルバムもいっぱいになりました。親戚待遇で受け入れてくれた家庭は両手で数えなければなりません。日本人は随分写真が好きだと思ったことでしょう。
  本当にすばらしい日々でしたので、ブログは、「これは素敵、これはいい」という内容ばかりになりました。食傷気味になられたとしたら申し訳ありません。
  当然カルチャーショックはありました。「これはちょっといただけない」と思った事をワースト1から順に並べてみると…

落書き 
  街には、落書きが氾濫している。地下道、橋、鉄道、バス、そして歴史的な建物と、ありとあらゆる場所にスプレーペンキで落書きが。特にプラハはひどい。歴史的な美しい街並みだけに、本当に残念。
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ブス「デルビタ」
  どこも、スーパーの店員は、まったく客を客だと思っていない。レジ袋は放るし、品物の扱いも悪い。応対は無愛想を通り越して「つっけんどん」と言っていい態度。店内で品物を出している店員は、買物客が品物を取りたくてもおかまいなし、自分の仕事優先。私がいつも行くスーパーはデルビタ。中でも特に感じの悪い女性を、こっそりと、「ミス」ならぬ「ブスデルビタ」と呼んでいる。
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犬のウンチ
  犬を飼っている人は多く、散歩は日課。こんなゴミ箱が備え付けてあるが、犬のフンを始末している姿はあまり見ない。底の溝の深いスニーカーで踏みつけると、後が大変なんだよ~。
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有料トイレ
  大型スーパー、バスターミナル、お城、広場の公衆トイレなどは有料。3~5コルナ(生活費換算で45~75円)かかる。この写真はバスターミナルの有料トイレ。女性用と男性用の中間の、風呂屋の番台みたいな場所で、「ちゃんと払いなよ」とかどなっている叔母さんがいる。トイレに入るのがストレスになる。
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マイペース
●アパートの改修は、1週間の予定が1ケ月かかった。
●バスの時刻をインターネットで確認して行ったが、そのバスはなくて次のバスまで1時間半待った。
●野外劇場に行ったが、予定時刻より30分遅れて始まった。
  いちいち頭に来ていたのでは身が持たない。あらかじめ覚悟しておいた方がいい。
(トラムは時間通りに走行しているし、私達のチェコ人友人は時間をきっちり守る。念の為。)

鼻をかむときにブオーと大きな音を立てる
  鼻をかむときはハンカチを使う。なんであんなに大きな音が出るんだろう。鼻の構造か?露店の菓子屋のお姉さんが、大きな音立てて鼻をかんだ。これじゃ買うのをためらってしまう。
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立ちション
  緑が多くて立ちションがしやすいのか、トイレが少なく有料だからか、立ちションする姿を時々見る。子供は待ったなしだからしょうがないけど、大人なんだから。
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刺青
  刺青している人は多い。刺青は見せる為にしているから、ちょっとくらい寒くても肌を出して歩いている。漢字を入れている人も時々見るが、竜の刺青に「馬」なんて書かれちゃってると、笑ってしまう(左写真 肩には馬の文字が)。
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他には、列を作らないので順番が狂う、女性がパンツとブラジャー姿で庭仕事なんかしている、パトカーのサイレンがめちゃうるさい など、まだまだ思い出せますが、この辺で。
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# by chigmama | 2005-09-09 00:39 | 人と暮らし

手仕事 チェコ日比較 1

  チェコ人は黄金の手を持つといわれ、日本人同様、大変器用な国民として評価されています。今回のテーマは「手仕事」です。
  随分昔の話ですが、母が作ってくれた服を着て、遠足に行ったときの弾んだ気持ちは今でも思い出すことができます。昭和30年代、ミシンはいつでも使えるようになっていましたし、祖母は繕い物、父は日曜大工と、家庭内での手仕事は日常の風景でした。そのうちにいろいろな店ができ始め、何でも買えるようになりました。 私がもう母の手作りの服では満足しなくなったこと、母も外に働きに出始めたことなどが重なって、我家の手仕事は影を潜めてしまいました。経済発展、工業化に伴う手仕事の衰退は、家庭に限ったことではなく、職人の跡継ぎがないなどの問題も深刻になっていったと思います。
  一方チェコのクラフトマンは元気です。各地でフォークアートフェスティバルが開催され、様々な職人が店を出しています。代々職人風の人から、手作り大好きな家庭の主婦までいろいろなタイプの人がいる。並んでいる物は、生活必需品というより、贈答、装飾志向の物になっていますが、大変賑わっています。 国の保護政策が効果をあげているようです。

左 木をリボン状に裂いて作る籠      右 糸をつむいで編んだニットと染色スカーフ
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左 細い籐籠      右 鍛冶屋 
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左 人形        右 木彫(側には彼の作品アルバムが置いてありました)
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左 カウベル      右 木地玩具 まだ絵付けしていない人形に子供達が色を付けている
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手仕事2に続く
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# by chigmama | 2005-08-29 04:08 | 民族文化

手仕事 チェコ日比較 2

  衰退の一途をたどるかに見えた日本の手仕事ですが、余暇の充実をはかる手段の一つ 「手作りホビー」として復活し始めます。1976年には、社団法人日本ホビー協会が設立され、東急ハンズのような手作り用品を総合的に扱う店もでき始めます。ホビーショーは、とても動員力のあるショー(3日間で10万人)のひとつになっていますし、ホビー産業は3000億円市場になったと言われています。
2004年ホビーショーにて
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  ところで、チェコでは、「手作り」と「ホビー」という言葉は、ピタリとは結びつきません。チェコの女性に、「ホビーで何か手作りしてますか?」と聞いてもピンとこないようなのです。それもそのはず、チェコの家庭内の「手作り」は、余暇に行うホビーではなく、生活に必要な技術だからです。日本では懐かしい手芸洋品店が各町にあります。昭和30年代の日本と重なります。

左 大きなレース編みのテーブルクロスはお手製   右 手作りの洋服が似合う老婦人
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左 手芸洋品店は左側。HOBBYと書いてあるのはペットショップ   右 手芸洋品店内部。下着など衣料品も扱う
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  家族や自分の為に服を縫い、靴下を編むなどの手仕事の技術は、しっかり親から子へ伝えられてきたようです。しかし、最近は若い人ほど手作りをしなくなっているようです。体制が変わって15年。何でも手に入るようになりましたし、手仕事よりも語学やコンピューター技術修得などの方に熱心だと聞きました。
  一方学校教育で、生活技術基礎を教えるというのは、チェコも日本も同じです。日本と異なるのは、放課後のクラブ活動の豊富さです。社会主義時代は、どの親も夕方まで働いていましたので、学童保育のような感じのクラブ活動が盛んだという伝統があります。スポーツ、音楽、技術、手芸、美術と、子供達は好みのクラブに入ります。自費ですが、社会主義時代は国の補助がありました。今は補助がなくなったので、以前のような人気はなくなったと聞き、残念な感じがします。
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# by chigmama | 2005-08-29 03:10 | 民族文化

各国の食卓 青空市場 

  プラハで5ヶ月が過ぎました。うれしいことに家庭に招き入れてもらい、たくさんの人々とも出会うことができました。気軽に「やー、こんにちは」とチェコの人々と交流したいという望みは叶った、いえ、娘とC家の人々に叶えてもらったというべき。
  プラハのガイドブックの半分は踏破したかな。120万人が住むプラハは奥深く、最近では地元に住んでいる人に聞いたりして、ガイドブックに載っていない場所にも行き始めました。
  川沿いの中心からやや外れた場所にあるプラハ市場Pražská tržniceに行ってみました。街の中心にもマーケットはありますが、そっちは観光客向けのお土産中心の市場。Pražská tržniceは、庶民の生活に直結した市場。衣食住の物が何でも揃います。

  野菜の露店。今晩の食卓に載る食材を選ぶ人々の姿が、目を楽しませてくれる。
値段は、いつも行くスーパーの半額以下、それに新鮮。我慢しきれなくなって、大きなショッピングバックを買い、野菜、果物、花などを買った。
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  今、農園や山で採れているものを持ってきて並べているといった風情。青空マーケットが好きなのは、この季節感、この活気。特にこのマーケットの、農園直結の土臭さが気に入った。
赤いパプリカとぶどうだけを売っているおじさん。
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山のキノコ。これだけ採るのは大変。50コルナは高くない。ブルーベリーも山で採ったことがあるので、1/4ℓ 14.9コルナの値段は信じられないくらい安い。(1コルナ4.5円)
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今はこのぶどうが旬。りんごはもうすぐ収穫期。これはどうやら古いりんご。売り急いでいる。
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左はプルーンとマッシュルームだけの店。右はズッキーニ。いずれも不揃い。ズッキーニは育ちすぎの感があるが、意外に柔らかくておいしい。
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花も買って大満足。また来よう。
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  最近行った青空市場の写真を並べてみると、当然のことですが場所によって特長があります。チェコ:農場や山の土臭さ ポルトガル:たくましきおっかさん達 イタリア:はじける色と呼び込みの声 香港:干した魚と香辛料の臭い 印象を一言でいうなら、こんなところかな。
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# by chigmama | 2005-08-21 05:34 | 人と暮らし

夢追い人 

  共産主義時代の働き方について、何人かのチェコ人に話を聞きました。まとめてみると、だいたい次のようです。
共産主義時代は、土地・工場などは国有だった。国民全員が公務員のようなもの。働かない者は牢屋行き。物の輸入や生産は国が管理していたから、値段は国中どこに行っても同じ。欲しい物は手に入りにくかったが、皆平等で、社会福祉は手厚かったし、助け合っていた。ただ、努力しても共産党員でないと出世はできなかったので、あまりやる気は起きなかった。
 1989年に共産主義体制が崩壊してからは、国有化されていた土地や家などの財産は元の持ち主に返され、市場経済に移行しました。努力次第で私有財産が増やせる時代になったのです。ここにご紹介する男性達は、いずれも体制が変わったときには30代でした。以後、起業したり、店を持ったり、夢を追い求めています。

夢を追う男達
Cさん:
 鉄道で働いていましたが、1994年に清掃事業を始めました。土地を買い事務所を建て、今では数十名の従業員を抱えるまでに。別に4階建ての事務所兼住居を6年がかりで建設中。
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Kさん:
 木工の仕事をしていましたが、1998年に600坪土地を買い、工房兼住居を家族みんなで建てました。仕事は金曜日の午前中までが原則。週末は家の事をするそうです。右写真は村はずれに建つ工房兼住居。
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Qさん:
 1989年から小間物屋をやり始めました。それまではなかなか手に入らなかった毛糸が自由に買えるようになって、飛ぶように売れたそうです。店も一時は4~5軒持っていましたが、その後、手芸洋品があまり売れなくなって、今はこの店だけ。
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Rさん:
 1989年から妻とマリオネットを作り、地方の祭りなどで売り始めました。2002年に小さな店を持つことができましたが、直後に洪水があり大変だったそうです。今はマリオネットのほかにいろいろなチェコのクラフトを扱うギフトショップを経営しています。
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Mさん:
 トラクターの整備士をしていたが腰を痛めてしまいました。今は鉄道に勤めながら、1989年以降に国から返還された9haの森を管理しています。木が太く真直ぐに伸びるように手入れし、80年位したら切り出します。その後には苗木を植えるそうです。切り出した木で娘達のベットも作ったそう。
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  チェコは2004年にEUに加盟。娘の彼氏ヤン君も、EUが若者を世界各国に派遣して企業研修させるプログラムに応募できるようになりました。彼がその難関を突破して、30名のヨーロッパ各国の若者と共に日本にやって来ることになったときはうれしかった。いつしか私たちも、「日本とチェコの架け橋を支える石のひとつになりたい。」そんなを持つようになりました。
 
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ネットショップミラベルカ


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# by chigmama | 2005-08-19 22:37 | 国・歴史